腹痛や下痢、便秘で困っていませんか? 過敏性腸症候群(IBS)について
はじめに
先日、市民公開講座「第24回 あのドクターにあのお話を」で「子どもから大人まで増加する過敏性腸症候群(IBS)について」というテーマでお話しさせていただきました。
多くの方が参加され、IBSへの関心の高さを実感しました。
このブログでは、講演内容を振り返りながら、IBSについてより詳しくお伝えします。
過敏性腸症候群(IBS)とは?
定義
IBSは、腸に炎症や腫瘍などの明確な病変がないにもかかわらず、以下の症状が長期間続く疾患です:
- 腹痛や腹部不快感
- 便通異常(下痢、便秘、またはその両方)
診断基準
Rome IV基準に基づき、以下を満たす場合に診断されます:
- 最近3か月間、月4日以上にわたり腹痛が繰り返され、以下の2つ以上が該当すること:
- 排便によって症状が改善する
- 排便頻度の変化
- 便性状の変化
- 症状が6か月以上前から存在すること
IBSの原因
1. 心理的ストレス
- ストレスはIBSの原因になり、症状を悪化させる要因です。
- 短期的なストレス(例:試験、仕事の締切)や長期的なストレス(例:家庭環境の不和)が影響します。
2. 腸内環境の乱れ(ディスバイオーシス)
- 善玉菌と悪玉菌のバランスが崩れることで、腸内環境が悪化します。
- 食生活や抗生物質の影響も原因となります。
3. 腸脳相関(Gut-Brain Axis)
- 腸と脳が相互に影響を及ぼし、ストレスが腸の動きや感覚を過敏にさせます。
IBSの症状と影響
症状による分類
- 下痢型(IBS-D):頻繁な下痢、腹痛、急な便意が特徴
- 便秘型(IBS-C):慢性的な便秘、腹部膨満感、硬い便
- 混合型(IBS-M):下痢と便秘が交互に現れる
生活への影響
- 子ども:学校生活への支障(授業中の腹痛、トイレの使用頻度増加)や精神的影響(孤独感、不安感)。
- 大人:職場での困難、社会生活の制限、医療費や治療費の増加。
検査
器質的疾患の除外
胃カメラや大腸カメラなどで大腸癌など他の疾患を除外することが診断の第一歩です。
原因が大腸癌などであった場合治療は全く異なり、命に関わる可能性もあります。
直ちに治療すべき疾患がないかを評価する、ということは非常に重要です。
薬物療法
IBSの薬物療法は、症状のタイプ(下痢型、便秘型、混合型)や患者さんの状態に合わせて選択されます。
それぞれの薬剤について詳しくご紹介します。
現在、処方は基本的にジェネリックが推奨されておりますが、過去に処方されておりイメージしやすい場合もあるため、商品名も一部挙げております。
1. 腸管の内容物を調整する薬物
- ポリカルボフィルカルシウム(ポリフル®、コロネル®)
この薬剤は、腸内の水分量を調整することで便通を整えます。特に、以下の特徴があります:- 便秘型では水分を吸収し、便を柔らかくして通りやすくする。
- 下痢型では余分な水分を吸収し、便を固くする。
- 安全性が高く、IBS治療の基本薬として使用されます。
- 副作用は少ないものの、腹部膨満感が現れることがあります。
2. 腸管機能を調節する薬物
- 5-HT3受容体拮抗薬(イリボー®)
主に下痢型IBSに使用される薬剤で、腸の過剰な動きを抑えるとともに、以下の効果があります:- 便意切迫感を軽減し、排便回数を減少させる。
- 内臓感覚を鈍化させ、腹痛や不快感を和らげる。
- 比較的早期に効果を感じやすい。
注意点: 便秘が副作用として現れる場合があるため、投与量に注意が必要です。
- 抗コリン薬(ブスコパン®など)
腸管の過剰な運動を抑制し、腹痛や下痢を緩和します。- 特に急な下痢や腹痛が特徴的な患者さんに使用。
- 副作用として口渇やめまい、便秘が起こる場合があるため、高齢者や緑内障患者には慎重な投与が必要です。
3. 便秘治療薬
- 酸化マグネシウム
腸管内に水分を引き込むことで便を柔らかくし、便秘を改善する安全性の高い薬剤です。- 長期使用が可能で、比較的副作用が少ない。
- 高マグネシウム血症を防ぐため、投与量には注意が必要です。
- 上皮機能変容薬
- リンゼス®(グアニル酸シクラーゼC受容体作動薬)
腸管上皮細胞に作用して腸内水分分泌を増やし、便秘を改善します。また、腹痛の軽減効果もあります。 - アミティーザ®(クロライドチャネルアクチベーター)
腸内で水分分泌を促し、便を柔らかくして排便をスムーズにします。 - グーフィス®(胆汁酸トランスポーター阻害薬)
胆汁酸の再吸収を抑制し、腸内に水分を保持して便秘を改善します。
- リンゼス®(グアニル酸シクラーゼC受容体作動薬)
4. 漢方薬
- 桂枝加芍薬湯
腹痛や腹部膨満感を緩和し、下痢型や混合型IBSに効果的。 - 大建中湯
腸の冷えや痛みを改善し、特に便秘型IBSに有効。 - 半夏瀉心湯
胃腸の不調や下痢を緩和し、腹部の不快感を軽減。 - 六君子湯
消化機能を改善し、ストレス関連の症状にも効果を示す。 - 加味逍遙散
特にストレスやイライラを和らげる効果があり、女性に多く使用される。 - 小建中湯
小児の腹痛や腹部膨満感などの症状で用いられることが多い。
上記は一例であり、患者さんの症状に応じて他にも様々な漢方薬が用いられます。
食事療法 プロバイオティクスと低FODMAP食
1. プロバイオティクス
プロバイオティクスとは?
- プロバイオティクスは、腸内の善玉菌(乳酸菌やビフィズス菌など)を増やし、腸内フローラ(腸内細菌叢)のバランスを整える微生物のことです。
- IBS患者では腸内環境の乱れ(ディスバイオーシス)が関与するケースが多いため、プロバイオティクスが症状の改善に寄与する可能性があります。
プロバイオティクスの効果
- 腹痛や腹部膨満感の軽減: 善玉菌が腸内で有害物質を抑制し、腸の炎症を和らげます。
- 便通の調整: 腸の動きを調節し、便秘や下痢を改善します。
主な食品例
- ヨーグルト(プレーン、無糖)
- 納豆や味噌などの発酵食品
- キムチやザワークラウト(発酵キャベツ)
注意点
- 全てのプロバイオティクスがIBSに効果的とは限らず、菌株によって効果が異なります。たとえば、乳酸菌GG株やビフィズス菌BB536株が有効性を示した研究が多いです。
- 腸内細菌のバランスや症状により、効果が現れるまで数週間かかる場合があります。
2. 低FODMAP食
低FODMAP食とは?
- FODMAP(発酵性オリゴ糖、二糖類、単糖類、ポリオール類)は、腸内で発酵しやすく、IBS患者の症状(腹痛、膨満感、下痢など)を悪化させる可能性がある糖類です。
- 低FODMAP食は、これらの糖類を含む食品を一時的に制限し、腸への負担を軽減する食事法です。
低FODMAP食のステップ
- 制限期: 高FODMAP食品を完全に除去する期間(通常4~6週間)。
- 再導入期: 除去した食品を一つずつ再導入し、どの食品が症状を引き起こすか確認。
- 維持期: 再導入の結果を基に、許容できる食品を取り入れた食生活を維持。
高FODMAP食品と低FODMAP食品の例
- 高FODMAP食品(避けるべき食品)
- 果物: リンゴ、マンゴー、スイカ
- 野菜: 玉ねぎ、にんにく、キャベツ
- 乳製品: 牛乳、ヨーグルト(通常タイプ)
- その他: 小麦製品、蜂蜜
- 低FODMAP食品(推奨される食品)
- 果物: バナナ、ブルーベリー、オレンジ
- 野菜: トマト、ズッキーニ、ピーマン
- 乳製品: ラクトースフリー牛乳、ハードチーズ
- 主食: 米、グルテンフリー製品
注意点
- 低FODMAP食はすべての患者に効果があるわけではありません。
- 個人差が大きいため、医師や栄養士の指導のもとで実施することが推奨されます。
- 高FODMAP食品の完全な除去は栄養バランスを崩す可能性があるため、長期間の制限は避けるべきです。
- 上記以外にもアレルギーや消化吸収障害が原因となっている場合もあります。
おわりに
IBSは適切な診断と治療で症状をコントロールできる疾患です。
「こんなことで相談していいのかな?」と思う症状でも、一人で抱え込まず専門医にご相談ください。
当院でも、患者さん一人ひとりに合った治療プランをご提案しています。
ぜひ気軽にご相談ください。